お医者さんの知恵袋
image ■家康にみる健康法■

よしだ健康ケアクリニック
TEL: 045-988-0775
院長  吉田 保男
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晩年近くの徳川家康は、「古狸」と言われ太ったイメージが強くてとても健康そうには見えません。しかし「人生五十年」と考えられていた当時にあって四十九歳で散った信長や六十二歳で病死した秀吉と比較して七十五歳と長寿だったことが家康をして江戸幕府を開く偉業を為しえた最大のゆえんと言えるでしょう。
合戦では「家康に過ぎたるものが二つあり、唐のカブト(ヤクの尾で飾った)と本多平八(部下の一騎当千の武将)」と揶揄された家康ですが、さらにこれらに彼の「健康法」を付け加えないのは片手落ちでしょう。彼の健康法の特徴は、

一、 たゆみない心身の鍛練
二、 摂食摂酒を本とす
三、 薬に対するたいへんな興味

などですが、家康ほど保健衛生学をとらえ意識的に健康管理をした武将はいません。米飯より健康的ということで麦飯を常食としていましたし「美食は月に二〜三度でよい」と考えていました。また、乗馬、水泳、鷹狩りなどのスポーツ鍛錬を健康法と捉えていたのは間違いありません。薬に関しては駿府郊外に薬草園を造り自身で調剤したほどです。また当代一流といわれた名医を呼んで薬草研究会などを開催していました。
他にお風呂、薬湯好きも健康法の一つだったのかもしれません。
ただ晩年、健康には大敵の肥満となったのはエネルギッシュな生活を続けようとするあまり食欲旺盛となりすぎたためかもしれません。鯛の天ぷらを食べ食中毒を起こしたころより腹部に"塊"ができ、つまり胃がんで亡くなったと考えられています。
幼少時の人質時代に形成された彼の"忍従"な性格は自己管理にまで反映され、たゆみない鍛錬と摂生などの健康に対する関心が家康に長寿と幸運をもたらしたのです。

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